【重厚!読んだ後に震える】高田大介の『まほり』を読んだ感想

・・・読み終わって書かずにはいられなかった!!鳥肌がとまらない!!ネタバレありで感想を書きたいと思いました。

この記事は読了済みである前提で記事を書いています。未読の方は是非読んでからまたお越しください。

高田大介の『まほり』とは

高田大介の『まほり』は長編ミステリ。2019/10/2に発表され、2022年01月21日に上下巻で文庫化されました。

高田大介『まほり』

筆者は『図書館の魔女』がデビュー作で、以下記事でも書いた通りフランス在住で印欧語比較文法・対照言語学を専攻している言語学者。

【フリーレンを感じた】高田大介『図書館の魔女』は記憶を消してまた読みたい名作だった

人気のある図書館の魔女シリーズはいずれもファンタジーなのですが、突然長編ミステリーが出てきたわけです。

言語学者が書くミステリが普通であるわけがない。期待をして読み始め、そして期待通りの重厚なストーリーと期待以上のワクワクするボーイミーツガールなお話でした。

ネタバレありで感想を書く

この本を読んだら是非感想を書きたい思った。自分のこのもやもや・話の理解を消化するための記事なのでざっくばらんに書いていきます。

『図書館の魔女』ほどスロースターターではなかった

感想を読んでいると「前半は退屈」という声も上がっているようですが、私は特に退屈には感じませんでした。

冒頭から「都会から田舎に越してきた男の子が山の中で異様な美女と出会う話」「異様に理屈っぽいのに何処か感情的で憎めない主人公」「筆者お得意の言語にまつわる噂話」「知り合いの怪談話が実は自分の出生に関わる可能性がある色々意味で怖い話だった」「地元に帰ったら再会した気張ることなく話せる女友達」「民俗学や社会学のお仕事体験」と冒頭から休む暇なく話は展開していきます。

図書館の魔女はもっとゆっくりで丁寧だったのに対し、話の構成など明らかに読みやすくスキがないなと感じました。安定感ありすぎ!

『まほり』は伏線が全て綺麗に回収される読んでていて気持ちが良い作品

なんか多いじゃないですか。アニメや映画で盛大に風呂敷広げたけどなんか最後メチャクチャになって敵も味方もなく有耶無耶に勢いで終わるお話。なんなら第一話に出てきた命題てきな疑問や伏線すら回収しないやつ。

『まほり』は最初から最後まで一才気が抜けない、緻密に設計された作品だと感じました。少なくとも僕みたいな本をあまり読まない人間には一才伏線回収漏れを感じさせない作りでした。

あとで書くけど、「タイトルのまほりの意味は?」「主人公である裕くんの両親は?」「金毘羅って何?」「毛利とは?」「冒頭の謎の美少女は誰?どうなるの?」などなど読んでいて疑問に思うことがちゃんと読者にわかるようになっている。明文化されたり、暗に意味する内容だったり。

少し前に読んだ重力ピエロのような「物語に都合が良い登場人物」みたいな感じが全くなかった。

世の中で怖いものはオバケではなく飢饉だった

日本史苦手だったこともあり、こういう民俗学的な話はいままで一才読んだことがありませんでした。

『まほり』では民俗学や資料の調べ方などがお仕事小説ばりに説明されます。加えて過去日本で起きた大飢饉に関する話が多く出てきます。

昔歴史で学んだ時には「ご飯がなかったんだなぁ。大変だなあ」くらいにしか想像できていなかった。

けど実際に飢饉が起きたら、ご飯がなければ人間なんて簡単に倫理観を捨て去る。姥捨山くらいは聞いたことがあったけど、実際には老人だけではなく子供を口減らししたり、食人する人も出てくる。

それが全国各地で行われていたとさらっと書かれている。この事実が何よりも恐ろしい。そしてそういった具体的な話は資料からは消されている。消されているので残っていないけど「口減しはやってはいけない」「子供は神からの使いだ」みたいな公文書が残っていることで暗に口減らしが横行していたことを示している。ということが書かれている。怖い。

しかもそれが50年近く続き、3-4年スパンで大飢饉が発生していると書かれている。この時代に生きた人は本当にかわいそうすぎる。生まれ変わってもこの時代には生まれたくない。僕には子供が3人いるが今この状態で大飢饉が起きて食べ物がなくなった時。僕は口減らしすることを一瞬でも脳裏によぎるのだろうか。

下手なオバケや猟奇殺人よりも、単純にご飯がなくて人を殺すという倫理も愛もないプリミティブな行動がいちばんこわい。

ご飯が当たり前に食べられる現代のありがたみを感じずにはいられない、恐ろしい読書体験でした。

最初から最後まで二重丸というキーワードは多く出てきました。

ラストの暗に意味する演出に鳥肌がたった

本当に最後のページで衝撃の事実が。主人公の裕の「義眼だよ」「母の形見だ」で終わる。

「・・・え?」

この部分は本文に書かれていなかったとしても想像できた人は多かったと思う。上巻の中盤くらいで「裕のお母さんは村関係だろう」と感じている人がほとんどだったはず。

それでも。最後の最後にこれを種明かししたことで、この本の最初から最後までをとして裕が行動した理由がピント繋がる。ものすごい衝撃だった。

今回の主役男性陣である裕や淳はこの話を通してたくさん調べてたくさん行動してようやく掴んだものがあった。でもこんな冒険は何も二人だけのものではなく、実は裕の両親たちもたくさんの冒険があり到達した結果が裕の存在だった!

もう鳥肌が止まらなかった!!

作中では母のことを「体の弱いひとだった。足も目も悪くてさ・・・」としか説明していないけどそれもこの話を読み終わった後ならわかる。というか目が悪いレベルじゃないでしょ!!!

父も「親類縁者には無音を通している」と書かれていることから、二人で駆け落ち同然で村から逃げ出したのかな・・・とかむくむくと想像できてしまう。終わり方が秀逸すぎた。もう一度、今度こそ裕の気持ちで読みたい。

裕が成長する物語

この話を通して、裕は色々な方面で成長します。資料調査や解読のスキルなど将来のお仕事に関係する能力。飯山ちゃんとの男女の関係。東京の友人や地元の年下の子供に対するコミュニケーションスキルなど。

そしてそれらを総合して一番わかりやすい成長が「父親との和解」だと僕は感じました。

話の始まりでは、裕は父親と冷戦状態。「二度と敷居は跨がせん」とまで言われるほど喧嘩して出ている状況。そして最後には「父親とのあいだに抱えていた、蟠りがほどけたように無くなってしまっていた」と書かれている。

この変化は何か。僕は郷土資料館員である古賀さんの「吹聴するな」にあるのかなと。

主人公と父親の蟠りの原因はズバリ「母の出自」だったのではないかと思います。父は頑なに何も話さなかった。その理由は「吹聴するな」だからだったのかなと。差別を含む話は興味がわくし、興味が湧いたことで子供がせっかく抜け出した闇に再び飲み込まれるかもしれない。関わってほしくない。

そういう想いから伝えないことを貫いていたのだと思います。

裕は母親の出自もわかった、ということもありますが父親の「吹聴しない」という選択を尊重できるようになった。だからこそ蟠りは解けたのではないかなと感じました。

なんにせよ、主人公が成長する話は読んでいて楽しい!!

まとめ

高田大介の『まほり』の感想をざっくばらん書きました。

ミステリー自体あまり読まないので比較はできませんが、犯人が明確で次々と人が死んでいく、みたいなお約束すぎるミステリーとは一線を画する重厚で読み応えのある作品でした。

民俗学のパートも僕の知らない世界で、主人公の裕と一緒に学んでいるようなお仕事小説でもあり楽しめましたね。

こういう衝撃はアニメや映画だとなかなか得られない。本ならではな感動だよなぁと思うのでした。

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