読書が趣味の友人に「読書初心者でも読みやすくて良い感じの本ない?ファンタジーとかSFとか冒険する系」と相談したら勧められたのがこの本。『旅のラゴス』です。
ラゴスって聞き慣れない名前ですが人間の名前です。
『旅のラゴス』とは?
『旅のラゴス』は292ページの長編SF小説。著者は筒井康隆。有名な作品は以下。
- 『時をかける少女』(1967年)
- 『日本以外全部沈没』(1973年)
- 『虚人たち』(1981年)
- 『残像に口紅を』(1989年)
- 『文学部唯野教授』(1990年)
- 『朝のガスパール』(1992年)
- 『パプリカ』(1993年)
3つはアニメはみたことがある。もちろん原作はどれも未読。
そして『旅のラゴス』は1986年の作品。今から約38年前のSF作品です。車が空飛ぶ未来都市でもみれるのかな?なんて思いながら表紙をめくりました。
本当に38年前の作品なの?というくらい世界観に引き込まれた
僕は普段から動画配信サービスで映画やアニメを観るのですが、最近はもう驚くような展開やストーリーってなかなか出会えないと感じてしまっています。どこかで見た展開、どこかで見た能力。何か見ても「あーはいはい、今回はこういう系ね」と頭の中で勝手に系統立てて観てしまうことがよくあるのです。
そんな中、この38年前に執筆された『旅のラゴス』は最近のエンタメに負けず劣らずのユニークな世界感です。
歴史に詳しくないので言語化できないのですが電気や蒸気機関はまだ発明されておらず家畜に乗って旅をする放牧的なモンゴルを感じさせるシーンから話は始まるのですが、冒頭からいきなり「転移」の魔術を行使するシーンが入り込みます。
中世ヨーロッパのファンタジー世界。そう。なろう系です!なろう系では定番の「中世ヨーロッパ+魔法が使えるファンタジー世界」は38年前からあったことに驚き。
しかも作中では魔法や能力は「すごいけど絶対的な力はない頼りないもの」のような設定なのです。例えば転移魔術なら転移先を間違えるとオブジェクトに重なった場所に転移してしまい爆発してしまうというリスキーな術。
それ以外にも壁を通り抜ける魔法(壁を突き抜けたい気持ちを強く持つとじわじわと壁に体がめり込んでいくという地味なもの)や未来がわかる能力(未来の映像は見えてもいつ・どこでなぜ起きるのかはわからない)だとか、どこか使い勝手が悪い、けど現代ではあり得ない超常的な現象がある世界。という設定が逆に新鮮。
なおいつ発表されたのかはこのブログを書きながら知りました。せいぜい10年前くらいの作品なのかなと思いながら読んでいましたがそれでも全然古さがない。なので38年前の作品だとはとても思えませんね。
前半は「キノの旅」を思いだした
僕は「キノの旅」というアニメが好きです。新旧と二種類のアニメがあるのですがどちらも好き。
キノという少女がバイク(モトラド)に乗って色々な国に数日滞在する旅物語。大抵毎話完結するのでテンポ感がよく、訪れる都市国家はどれもちょっとおかしくて文明レベルで常識が異なるので毎話ワクワクする。銀河鉄道999も似たような感じだったなそういえば。
南に旅する『旅のラゴス』も章ごとに新しい国や村に訪れてトラブルに巻き込まれていくので既視感がありました。
最初こそ世界の説明やらで進みが悪いのですが後半はこんな感じで冒険はどんどん進んでいくので読んでいて楽しく、次の街はどんなお話なのかが気になってやめ時が見つからないほど。
ラゴスという魅力的なキャラクター
主人公のラゴスは学者さんなのでバトルしたら普通に負けるし、強い特殊能力もない、でも主人公としてしっかりと芯があるので読んでいてイライラしない魅力的なキャラクターでした。そして男性にも女性にもモテる。
やや人を馬鹿にしたような性格だけどそれに見合う知識を持ち合わしており、決して知識を引けらさないため色々な人に頼りにされます。で、「こんなキャラなんだからトラブルに巻き込まれてもなんとかなるんだろうな」って思っていたら数年間奴隷として鉱山で労働させられることもあって驚かされる。この作者、丁寧に数時間を描写したと思ったら突然年単位で時間を進めたりするので油断ならなかった。
そして目当ての場所へ辿り着いてからは本性が出てひたすら知識に溺れていくラゴスもまた良い。それまでは人に気を使っていたのに知識に触れただけで別人かと思うほど傲慢で、でもそれに見合う知識があるので人から感謝され、最終的には国王になってしまいました。
僕はコーヒーが好きなのでコーヒーで国が発展していくのは痛快だった!僕も異世界転生したらコーヒーで国を興したい!
後半はオッペンハイマー
ラゴスは知識を習得して国に帰ると、他の学者や学生に知識を伝える先生として過ごします。
半年ほど前にオッペンハイマーというマンハッタン計画に関わった物理学者のお話。映画館で見てきたのですが「学者とは」みたいな議論がそこらで起きていました。旅のラゴスでもラゴスが古の技術を学んだ結果、「人類には早すぎる技術」みたいな話が出てきてこの辺りも既視感が。
しかしラゴスは歴史も学んでいたので「急激な発展は文明を破壊すること」も理解しており、コントロールしながら科学を発展させていく。この辺りSF感があって良かった。
正直後半までは全くSF要素がなかったのですが、今まで見せられていた中世ヨーロッパファンタジー世界は全て「過去に発展した世界の果てに生まれた国々」だったことがわかった瞬間は震えました。文明レベルが落ちたがその分特殊能力が発現するようになった世界。そして過去の知識を吸収するシーンはさながらタイムトラベル。こんなSFモアルノアカ!!!
モブキャラも印象的!
旅のラゴスの世界では超能力を持つ人が色々出てきますがものすごい能力だったのが「音声をそのままマネして返す赤ちゃん」でした。
今まで「言葉が喋れない」と思われていたのに、昔から言い伝えられてきた伝承を一言一句間違えずに喋り出したりと絵的にぞっとしてしまうシーンが印象的でした。それだけにとどまらず、成長してからは主人公の学習を手助けしたり、終盤では主人公が街の人たちに知識を伝える時も役に立ったりとかなり主要キャラだったことに後から気付かされました。アニメとかだと「見せ場」が数回あったらあとはモブになりそうなキャラなのに、使い方次第でここまで面白くなるのか。
終わり方が良かった
ラゴスは知識を全て継承してからは、お話の冒頭で出会った少女デーデのことが忘れられずにいました。
そして「北の女王になっている」という噂を信じて最後の旅を始めました。
このラゴスという人物は冒頭では学者が知識を求めて旅をしていた。でも、最後の旅に出たラゴスは知識や人類の発展ではなく個人の欲望に従って旅をしたのです。
この心変わりを読者ならわかる。そして最後はどうなったのか、これを描かないで読者に委ねるのもまた良い終わり方だと感じました。出会えたかどうかは大事ではなく、自分がやりたいように旅をした。旅のゴールではなく旅をすることが彼にとってのゴールだった。そういうはお話だと僕は受け取りました。
このお話が「ラゴスの旅」ではなく「旅のラゴス」なのもこういうことだからなのかもしれません。
『旅のラゴス』はサクッと読めて面白い本だった
ラゴスという男の人生を追っていく少し不思議な旅のお話でした。ページ数も少ないのと、それぞれの街での出来事がサクサク進むので読んでいて気持ち良いと感じることが多かったです。
友人が勧めてくれた本でしたがまさに僕が読みたい本でしたね。
ちょっと家族の元から離れて旅がしたくなったのは内緒。
いわゆる紀行文・旅行記でありSFであり、人生感を感じることができる『旅のラゴス』は短いながらも印象的で忘れることができない本でした。