宮部 みゆき『過ぎ去りし王国の城』は感情移入が最後までできない作品だった

友人に「軽いファンタジーみたいな本のおすすめを教えて!」と相談して教えてもらった本が『過ぎ去りし王国の城』でした。

結論を最初に書くと、38歳の僕には合わない作品でした

『過ぎ去りし王国の城』ってどんな作品?

『過ぎ去りし王国の城』は2015年に発表された作品で、著者は 宮部 みゆき。

宮部 みゆきは推理小説やファンタジーのジャンルで有名な人で、著名作品はこんな感じ。

  • 『龍は眠る』(1991年)
  • 『火車』(1992年)
  • 『理由』(1998年)
  • 『模倣犯』(2001年)
  • 『名もなき毒』(2006年)
  • 『ソロモンの偽証』(2012年)

友人はからは「ブレイブ・ストーリーを書いた人」と聞きました。昔子供が主人公のアニメ映画のCMを見た覚えがある程度で内容は知りません。

『過ぎ去りし王国の城』あらすじ

居場所なんか、どこにもなかった――

気まぐれな悪意と暴力、蔑みと無関心が、いたいけな魂を凍りつかせる。 ネグレクト、スクールカースト、孤独や失意・・・・・・ふるえる心が共振するとき、かつて誰も見たことのない世界が立ち現れる――。

早々に進学先も決まった中学三年の二月、ひょんなことから中世ヨーロッパの古城のデッサンを拾った尾垣真。やがて絵の中にアバター(分身)を描きこむことで、自分もその世界に入りこめることを突き止める。友だちの少ない真は、 同じくハブられ女子で美術部員の珠美にアバターを依頼、ともに冒険するうち、探索仲間のパクさんと出会い、塔の中にひとりの少女が閉じ込められていることを発見する。それが十年前のとある失踪事件に関連していることを知った三人は……。

63歳のミステリー作家の書く若者のファンタジー作品。はたしてどんな本でしょうか。

ここからは作品のネタバレが含まれます。未読の方はご注意ください!

登場人物に対して最後まで感情移入ができなかった

この本の主要登場人物は少ないです。

主人公は受験が終わった中学3年生男子の尾垣真、中学生女子の城田珠美、社会人で生涯漫画アシスタントのパクさん。そして過去に神隠しにあった中学生の女の子伊音の4人。あとは保護者が舞台装置程度に存在するレベル。

でこの主人公たちに感情移入ができず、結果話もあまり楽しめませんでした。

「壁」という独特なあだ名を持つ主人公

主人公の真は「壁」と呼ばれているいじめ、まではいかなくともクラスのいわゆる隠キャ。「会話していてもテニスの壁打ちをしているみたいに反応がない」ところが所以。この設定は面白いというか、ちょっと変わったあだ名と性格で興味が湧きました。少なくとも僕の知るお話で「壁」なんて呼ばれているキャラクタはいないし、この性格が物語にどう影響していくのかが楽しみになりながら本のページを読み進めました。

しかし、この真はいじめられっ子でいつも静かに絵を描いている城田との会話では「壁」どころかガンガン会話を打ち込んでいくのです。割と序盤から。というか女子に対して「お前」呼ばわりしたり、とてもじゃないけど「壁」という称号を冠した人間とは思えない。

え?壁要素はどこいった?これ結構序盤だしこんな性格なら「壁」なんて言われないのでは?いじめられっ子には強気に本音で話せるの?個性がないと自認しているけど全くそんな性格だとは思えませんでした。

中学生にしては精神年齢が高い!けど言動や行動は感情的すぎる

真の精神年齢が妙に高いのが気になりました。文章で書かれている真の心の中の言葉や感想の言語化レベルの高さ。そして比喩表現など全体的に語彙力が異様に高いのです。

なのに発する言葉は稚拙で、行動は感情的。

「これが思春期だ」と言われたらそうなのかもしれませんが「頭でっかちで自己中心的で現実では何もできない、けど人をどこか見下している」という人間を僕は最後まで好きになれなかった。

これは多分僕がターゲットの本ではなかった。それだけだと思っています。

この「壁」は好きなことも特になさそうで何を楽しみに生きているのかがわからず、人間味が感じられない。このせいで最後まで話を読んでいても感情移入できずでした。

社会人のパクさんもなかなかきつい・・・

同じ社会人として、パクさんの子供みたいな性格もなかなかキツかった。

よく言えば「童心を忘れない、遊びに全力になれる大人」とも言えるかもしれません。でもこの人、仕事もおやすみしていて社会貢献していない状況で子供と遊んでいるんですよね。心の病で働けなくなってしまった、とのことで理由はあるのだけど、そんな人が現状を棚上げして中学生と不思議な世界で遊んでいる。このアンバランス感が気になって仕方なかったのです。

この問題とも向き合うイベントはありましたがあまりに納得感がなく、もやっとした感情が最後まで残りました。よもや世界が変わることで自分の境遇もかわらないかと期待するのも残念で、この歳にもなって自分ではなく世界が変わることを期待して受け身でいることが残念な大人でした。

確かに、現実は物語と違って簡単に人間は変わらない。けどファンタジーの世界でここだけリアルにする意味が僕にはわからなかった。

女子中学生城田の解像度は高い

男子と違い、女子の城田については解像度が高くて読んでいて好きになるキャラクタでした。

親が交通事故で亡くなり、義母とはうまくやっていけていない。学校では虐められているという現実とも(表向きは)向き合って折り合いをつけて生きている。自分の好きな美術を楽しんで完成された世界で生きていることができている人物です。多分主人公の真やパクさん、そして不思議な絵と出会わなくてもちゃんと生きていける強い人間だと感じました。

絵を改変することで今の現状が変えるという望みも持っており、感情移入できるキャラクタでした。

個人的には城田を主人公でこの話を読みたかった。

「お城の絵の世界」をもっと知りたかった

この本は「お城の絵の世界」こそがファンタジーの親玉です。絵に自分が入れるだけでなく、オブジェクトを絵に描き込むことで持ち込めるという異世界ファンタジーでした。

自分自身ではなく自分のアバターは何にでもなれるのはなかなかない発想で面白かった。

だからこそこの仕組みをもっと掘り下げて欲しかった。パクさんが経験者として色々と検証していたようですがもっと探検してこの世界を知りたかった。お城に閉じ込められている少女を助けるために世界を攻略していくような話だと期待したのです。しかしこの本では絵の中よりも現実世界の話がメインで進みます。

過去にDV被害を受けており失踪してしまった少女伊音の過去の話にフォーカスがむき、「どう精神的に少女を助ければ良いのか」を考える話になってしまいました。

僕はもっと絵の世界の話を読みたいのに「当時、少女はどんな状況でどう虐められていたのか」をOB/OGなど関係者に聞いて回ったりと野次馬状態。多分ミステリー作家だからというのもあるのでしょうが、聞き込みフェーズが結構長いと感じました。

目的としては過去の少女を救うためだったとしてもいまいち爽快感に欠けるし、タイトルに王国と書いているならもっと王国のことを知りたかった。

ご都合パラレルワールドでガッカリ

散々ミステリーよろしく聞き込みをしておいて、少女が失踪したのはパラレルワールドオチだったことをが分かった時は椅子から転げ落ちそうになりました。僕はパラレルワールド(並行世界・世界線・パラレルワールド)やマルチバース等「別の世界にいる自分」自体は大好きです。アニメやゲームの例えで申し訳ないけどシュタインズゲートも好きだしMCUや型月ワールドも好き。

でもね?パラレルワールドを出すなら納得感のある理由は欲しい。

僕が話を読み込めていないだけかもしれないけど納得感がなく、唐突なパラレルワールドで驚きというよりがっかりでした。

これを読んで泣きそうになっている人もいるのか・・・

レビューを読んでいると高評価をつける人も多く、「涙をながした」と書かれているものも散見されました。

多分僕がターゲットではないのでしょうが、この本を読んで泣くってどんな人なのか本当に気になる。というか自分の感受性や読解力の低さに自分が嫌にすらなります。

この物語にはいじめやDVなどのテーマがあるのですがそういう経験がある人が読むと刺さるのかもしれない。幸運にもそういう経験がない自分には想像できないだけなのかもしれない。

その辺りもこの作品を面白いと思えなかった理由なのかもしれません。

大人になってから読んだ本で「自分には合わない本だな」と初めて感じた本でした。そして次は宮部 みゆきの評価が高い作品も読んでみたいと思ったのでした。

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